中国美術 Art of Chinese
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粉彩

中国や欧米で用いられた技法「粉彩」について解説していきます。

粉彩とは

粉彩(ふんさい)とは、焼成した純白の磁器に色を付ける上絵付技法の一種。中国や欧米で広く用いられており、軟彩(なんさい)や琺瑯彩(ほうろうさい)、洋彩(ようさい)、十錦手(じっきんで)など、さまざまな別名で呼ばれることも。

西洋と東洋の伝統的な上絵付技法が混ざっており、それまでの技法では表現することが難しかったグラデーションや絵画的な表現を可能にしています。色のバリエーションも多彩で、油絵に似た質感を感じさせる技法です。

粉彩の特徴

粉彩の特徴は、水溶性の絵の具と油性の絵の具を両方使って色をつけていくこと。

東洋の技法は、ニカワやフノリといった粘性のあるものを溶かした液に絵の具を混ぜて使用します。一方、西洋では油を混ぜた液に絵の具を加えて色をつけていくのが一般的。

粉彩ではひとつの磁器に両方の絵の具を使用して色をつけていくのですが、水と油は混ざり合わないので、間に焼成を挟みます。水彩絵の具で色をつけたら、一度焼き上げ、今度は油彩絵の具で彩色。再び焼き上げ、場合によってはそれを何度も繰り返します。

仕上がりを精密に、緻密にしようとすればするほど何度も焼成と彩色をする必要が出てくるため、描画の技巧はもちろん、焼成・製造の作業工程も絡み合う複雑な技法なのです。

粉彩の歴史

始まりは中国、清・康熙帝の時代である1662~1722年。江南の景徳鎮窯(けいとくちんよう)で開発され、中国宮廷直属の陶磁窯の新技法として珍重されました。

1723~1735年・雍正帝の時代には、「古月軒」と呼ばれる精美な色絵磁器で粉彩の技術が使われ、磨き上げられた粉彩技法はこの時代に頂点に達したといわれています。

日本はこのころ江戸時代。鎖国やキリスト教の弾圧があったため、粉彩技法が西洋から伝えられることはありませんでした。現存する江戸時代の陶芸品のなかにも、この技法が使用された形跡は見つかっていません。

伝えられたのは江戸時代末期・1830~1844年ごろ。日本に伝来すると、佐賀県の伊万里(いまり)焼、愛媛県の砥部(とべ)焼、三重県の安東(あんとう)焼など、すぐに多くの地域の窯に普及しました。

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