中国美術 Art of Chinese
中国美術を学びたい人のための入門書

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中国思想と美術

中国思想と美術について紹介します。

神仙思想を描いた「帛画」と「仙人像」

中国美術には、様ざまな思想が反映されています。そのひとつが古代中国の「神仙思想」です。

これは神仙術(養生・錬丹・方術など)により、神人や仙人になることを目指す思想で、究極の目的は不老長生(不老不死)でした。前漢に編まれた「史記(武帝の時代、司馬遷によって編纂された中国の歴史書)」には、三神山(蓬莱、方丈、瀛州)には仙人がおり、彼らは不死の薬を持っていると記されています。

そのため、多くの権力者(皇帝)が不老長生を願い、特に昭王や斉の威王、宣王、秦の始皇帝、漢の武帝はかなりの関心を抱いていたそうです。たとえば始皇帝は、徐福という方士(中国古代の方術~卜筮、医術、錬金術などを行った術士)に命じ、蓬莱山へ不死の薬を求めに行かせたといいます。

この神仙思想は像や絵画のモチーフにもなり、紀元前2世紀の馬王堆遺跡の副葬品「帛画」には、被葬者を迎える二人の方士と侍女たち、古代中国の神話が題材として描かれ、また後漢時代には、翼を持った羽人といわれる「仙人像」などが作られました。

神仙思想は、5世紀半ば、儒教や仏教に対抗するため、民間信仰、陰陽五行説、道家思想など共に「道教」へと結びついていきます。

「孔子像」など、儒教を題材にした美術

春秋末期の孔子を祖として発展した思考・信仰の体系である「儒教(儒学)」は、中国の政治理念・思想・文化の基調となり、周辺のアジア諸国にも強い影響を与えました。

孔子は周公旦(州の武王の弟)が築いた魯の国に生まれ、国政に携わっていましたが政争に巻き込まれて失脚。故郷を離れ、思索を深めながら諸国を流浪することになります。

孔子の思想の基本は「仁」を尊び、また西周の時代を理想とし、力による覇権争いに反省を促すというもので、生涯3000人の弟子を導きました。

孔子の教えは「論語」にまとめられ、その思想は漢代には国教化、唐代には「科挙(官吏登用試験)」の試験科目とされたため、貴族階級は身に着けておかねばならない教養でした。そのため論語の一節が書に用いられる、孔子像が描かれる、全国各地に孔子廟が建てられるなど、中国美術とも切り離せないものになったのです。

石窟壁画に代表される中国の仏教美術

中国の三教に数えられる仏教(ほかは儒教・道教)が伝来したのは、文献上では紀元前2年、前漢の時代だといわれています。その後、後漢の桓帝が信者になったこともあり、当時の社会に受け入れられていきます。

5世紀に北魏が華北統一した後は、一時廃仏運動があったものの、文成帝の代に仏教は再び盛んになります。多くの寺院、また巨大な石窟寺院なども造られ、仏像や仏の姿を描いた絵が納められました。仏教美術としては、「敦煌・莫高窟」「大同・雲岡石窟」などが有名です。

唐代までは、石窟などに描かれた壁画が中心でしたが、莫高窟からは多数の壁画に加え、幡に描いた仏画、経典の挿絵として描かれた仏画が発見されています。唐以降は、宮廷画家が仏画を制作するなど、仏教を題材にした絵画や書も増えていきました。

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