中国美術 Art of Chinese
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魏晋南北朝

王羲之肖像

六朝文化に関して解説しています。

美術をはじめ、文化が多様化した時代

長い治世を誇った後漢も衰退が、社会的な不安が広がると、各地で反乱が勃発します。

漢王室の統制力は失われて有名無実化し、有力武将が独立政権を作り上げ、天下取りに名乗りを上げます。

それが三国志で知られる、魏の曹操、呉の孫権、蜀の劉備です。後漢の滅亡以降、3~6世紀の間、中国は「魏晋南北朝時代」という長い分裂時代に突入します。

この時代は「三国時代(魏・呉・蜀の三国が分立対抗)」「西晋」「五胡十六国と東晋」「南北朝時代」の4つに分けられ、動乱期ということで多様な思想や文化が生まれました。

また西方から伝わった仏教、また民間から発展した道教が文化に影響を与えます。

思想が美術に与えた影響

魏から西晋にかけて、政治・文化を担ったのは貴族階級でした。

貴族たちは儒教論理の束縛から離れ、自由な議論を交わし合いますが、その代表的な存在が魏から西晋にかけての「竹林の七賢」で、阮籍、嵆康、山濤、向秀、劉怜、阮咸、王戎の7人をいいます(七人が同時に集まっていたということではない)。

彼らは西晋成立に際しての混乱を避けて隠遁した貴族などで、竹林に集まって酒を飲む、楽器を奏でるなどしながら、気ままに暮らします。彼らの自由に議論は「清談」と言われ、以後の六朝の文化人の理想になります。

また仏図澄や鳩摩羅什が西域から招かれ、仏典を中国語に訳すなど、仏教が本格的に入ってきます。

仏教の隆盛に伴い、敦煌・雲崗・龍門などでは、石窟、石仏、仏画が盛んに作られ、描かれました。これらはインドのガンダーラ・グプタ様式や、中央アジアの様式に影響されています。

美術の発展を促した六朝文化

魏晋南北朝時代を代表する文化の担い手は、江南地方にあった漢民族の六つの王朝(呉、晋(東晋)、宋、斉、梁、陳)の六王朝です。華北が五胡(匈奴・鮮卑・羯・氐・羌)に占領されたのに対し、六朝では貴族社会が続き、漢文化を発展させました。

これを「六朝文化」といいます。文学では中国文学史の中でも傑出した田園詩人、隠遁詩人の「陶淵明(陶潜)」をはじめ、「謝霊運」「昭明太子」が登場し、画家では「画聖」といわれる「顧愷之」、書道においては「書聖」と称され、今でも有名な「王羲之」が活躍します。

特に、王羲之の書には、当時から熱心な収集家もいたようで、上流階級の芸術品収集の先駆けとなりました。

魏晋南北朝の文化や美術家を紹介

魏晋南北朝の文化の中でも美術的に特に注目すべき文化は何か、そして、その時代に活躍した美術家についても見てみましょう。

魏晋南北朝時代には貴族的な「六朝文化」が開花

中国の統一王朝時代であった漢時代と比べて、統治が分裂していた魏晋南北朝時代は文化も多様化しましたが、その中でも美術方面の発展に大きく関与したのは、貴族文化である「六朝文化」でしょう。

六朝文化は江南地方の文化ですが、なぜこの地方で発展したのかというと、「皇帝の力が弱く、貴族が政治的権力を握っていたから」というのが大きいです。

優雅さを求める貴族の気質が、「書や文章などに芸術性を持たせる」という流れを生み、この時代あたりから、今も名を残す美術家も出てきました。

魏晋南北朝の美術家2選

魏晋南北朝時代の美術家としてもっとも有名なのが、政治家であり書家でもあった王羲之(おうぎし)です。

楷書・行書・草書の3書体を芸術的な形で完成させ、書そのものの芸術性を確立させたことで「書聖」と呼ばれ、その影響力は中国国内のみならず、日本でも、奈良時代から王羲之の書を手本とし、今の日本の書にもその名残があるほどです。

そんな流れもあって、王羲之の名は今でも知られているのですが、ここまで著名でありながら、残念ながら現在では「王羲之の真筆による書は残っていない」と言われています。

唐の第2代皇帝・太宗が王羲之の書をこよなく愛し、その書を数多く収集しましたが、太宗の没後から続いた戦乱の時代の中で、真筆は失われてしまったのです。

現在、王羲之の書として扱われているものは、すべて唐時代以降の模写や拓本(木や石に字を刻み、墨をつけて紙に写す模写)によるもので、真筆ではない、と判断されています。

「書聖」と呼ばれた王羲之に対して、「画聖」と呼ばれたのが、中国画の祖とされる顧愷之(こがいし)です。顧愷之の絵も王羲之の書と同様に、原本は残っていないと言われています。

大英博物館には、顧愷之の代表作のひとつである女史箴図(じょししんず)が所蔵されていますが、これも原本ではなく模写なのです。

原本が現存していない状態でありながら、今でも偉大な美術家として知られている王羲之と顧愷之。もし、彼らの手による原本が発見されたら、その評価はさらに高くなるのは間違いないでしょう。

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