中国美術 Art of Chinese
中国美術を学びたい人のための入門

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隋・唐

文化が華やいだ隋・唐時代の中国美術に関して解説していきます。

分裂時代が終り、帝国の時代が到来

589年、北朝・北周の外戚であった楊堅が南朝の陳を滅ぼして中国を統一します。約350年続いた分裂時代を終わらせた楊堅=文帝は、国が混乱する原因であった豪族たちを排除し、皇帝と国の権力強化に尽力します。そのため律令を定め、豪族を官僚化し、中央集権化を進めます。加えて「科挙」を採用し、人物本位で官僚を選ぶようにしました。なお科挙の制度は清の時代まで続きます。

しかし、文帝に次いで皇帝となった子の「煬帝」が、男性だけでなく女性までも動員した大規模な土木工事、さらに高句麗遠征を強行したため民衆の反発を受けます。各地には反乱が起き、官僚であった「李淵」が挙兵して隋を倒し、唐を建てます。隋はわずか二代、37年で滅びましたが、その国家体制は唐に継承されます。

国際的な文化が花開いた唐時代

李淵=初代皇帝高祖が建てた唐は、7世紀から10世紀初頭まで、長期にわたり中国を支配しました。その支配が周辺諸地域にも及ぶ世界帝国となり、国際的な文化も発展。その礎を築いたのは、二代目皇帝の李世民=太宗です。太宗は律令制の整備など内政を充実させ、また有能な家臣の話に耳を傾けました。安定した政治体制が整ったこの時代は「貞觀の治」と呼ばれています。

また国が落ち着いたことで、様ざまな文化が花開きます。唐文化の特徴は、遊牧民文化をもとにした質実剛健な文化、そして漢文化を継承する南朝の華麗な文化が融合したことがあげられます。また、日本から遣唐使が派遣されたように、外国との交流が盛んになり、国際性豊かな文化が発展しました。ササン朝ペルシアのイラン文化、ビザンツ帝国やイスラーム世界との接触、シルクロード交易も行われ、都の長安は国際都市としてのにぎわいを見せます。

絵画・書画に多くの文化人が活躍

また唐の時代には、国内でも様ざまな文化人が活躍します。詩の分野では唐の中期に活躍した「王維」「李白」「杜甫」、末期の「白居易(白樂天)」といった詩人が特に有名です。文学では「韓愈」「柳宗元」らが、漢の時代にもてはやされた力強い文章の復興を目指しました。仏教はますます栄え、「大唐西域記」を記した玄奘は、インドから仏典を持ち帰っています。絵画の分野では、山や川、渓谷など自然の風景を題材として、幽玄な雰囲気を描く「山水画」が流行。盛唐の王維、呉道玄、李思訓らが代表的な山水画の作者です。また書家では顔真卿が登場し、王義之の流麗な書風に対し、力強い書風をつくりだしました。

陶磁器では器をはじめ、人物、動物などさまざまな造形を緑、褐色、白の三色で彩色、低温で焼いた「唐三彩」が作られます。これは主に葬儀用でしたが、宮廷や貴族の管理下で制作されていたこともあり、貴族文化が衰えると、陶磁器は青磁や白磁が主流になりました。

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