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中国の官窯(かんよう)について説明しています。
官窯は中国宮廷の窯、もしくはそこで製陶された焼き物を指しています。
政治支配者によって築かれた陶窯であり、殖産興業としての官窯と、高い美術性を高級感を追求する宮廷御器(ぎょき)を制作する官窯の2つに大別されます。中国における始まりは五代の後周(こうしゅう)王朝の柴窯説が有力ですが、その実態に関しては不確かです。
確認されている官窯に関する記述としては、大中祥府9年(1016)記銘の「薛英(せつえい)程録」内の、遼(りょう)の国内に官窯が設けられていたとの記載が注目されています。
これは同時期より早い時期に設けられていた、北宋の官窯を手本に築かれたことを伺わせる、官窯の歴史を紐解く上での貴重な資料です。ちなみに南宋時代の官窯は、当時都が置かれた杭州(こうしゅう)開かれたことが伝えられています。
宋朝、元朝、明朝、そして清朝にも盛んに作られた官窯。北宋の皇帝真宗が1004年に「景徳」と名付けた地で官窯が発達した背景から、明朝、清朝にいたっても、官窯の中心地は景徳鎮に置かれました。
宋朝から元朝にかけての官窯の主流は白磁と青磁。特に「影青」と呼ばれる青みを帯びた白磁は、当時の景徳鎮の名作として知られています。また元朝においては、イスラーム圏からのコバルト顔料が用いられた鮮やかな染付技法も流入。色彩にバラエティが生まれていきました。
明朝の官窯においては、それまでの染付に加えて、更に多彩な色合いを実現する赤絵が登場。その華やかで芸術的な陶磁は、インド、西アジア、ヨーロッパなどにも運ばれ、世界中で親しまれたと伝えられています。
また、歴史的に名高い陶磁器を忠実に再現する模倣品も官窯の魅力の一つ。日本の京都国立博物館に所蔵されている「豆青釉蒜頭瓶」(乾隆年間/1736~1795年)は、白磁の特徴を活かしつつ火によって赤褐色の胎土を忠実に再現した名作模倣品として知られています。
ちなみに、これら模倣品に贋作というニュアンスはありません。高度な技術を忠実に再現した価値ある作品として、清朝を中心に模倣品が数多く作られたと言われています。
権力の象徴でもあった官窯の歴史について紹介します。
官窯の歴史のはじまりは、宋時代(960〜1279年)にまで遡ります。この時代には、宮中のご用品として扱われ、青磁器として作成されていました。
宗時代を経て、明時代の永楽年間(1403~24年)に、江西省の景徳鎮(けいとくちん)窯に設けられた官窯では、白磁、染付、色絵中心の作陶へと変化がみられました。
8世紀初めに集中的に製陶され、中唐以降に姿を消したとされる陶磁器ですが、晩唐から宋代に「三彩」として継承された、歴史的に初期の官窯。
晩唐から五代にかけて越州窯で作陶された、別名「秘色青磁」と呼ばれる良質の青磁器。重要な輸出陶磁として日本、朝鮮、東南アジア、西アジアへと輸出されたことが確認されています。
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