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弘一法師は、俗名を李叔同という中国・天津出身の人物です。1880年に生まれ、詩や書、絵画、音楽、演劇など幅広い分野で才能を発揮し、多才な芸術家として知られました。日本への留学を経て教育者として活動した後、社会への煩悶をきっかけに仏門へ入り、晩年は戒律を重んじる南山律宗の再興に尽力した高僧として、今なお多くの人々に敬われています。
弘一法師は1880年、中国・天津の裕福な家庭に生まれました。幼くして父を亡くし、8歳の頃から四書五経や書道、篆刻を学び始めます。1901年に上海南洋公学へ入学したのち日本へ留学、東京美術学校で西洋画を、東京音楽学校で音楽を学びました。留学中の1906年に仲間と結成した「春柳社」では、翌1907年に西洋の演劇を上演して成功を収め、中国における近代演劇の出発点のひとつになったと伝えられています。帰国後は学校で美術や音楽を教えましたが、社会への煩悶の末、1918年に杭州の虎跑寺で出家し、法名を演音、号を弘一と改めました。
1932年、硃砂(朱色の顔料)で書かれた掛軸形式の書作品です。出家後の弘一法師が仏への帰依を込めて記したとされ、装飾を排した静かで力みのない筆致に、俗世を離れた晩年の心境がにじみます。縦長の紙面いっぱいに文字を大きく配した構成も特徴的です。
紙本に如来の姿を描いた作品で、書だけでなく絵画にも通じていた弘一法師の一面を伝えています。細やかな線で如来の姿を描き起こすという営みからは、信仰の対象を自ら描くことそのものが日々の修行と結びついていたことがうかがえます。出家後の制作活動を象徴する一点といえるでしょう。
経典の一節を書き写した「圓覺經本起章」は、線装冊(糸で綴じた装訂形式)としてまとめられた書作品です。水墨で丁寧に記された経文からは、日々の修行のなかで経典と向き合い続けた弘一法師の姿勢が伝わってきます。一文字ずつ丹念に記された筆致は、後年の書作の中でも評価の高い作品のひとつです。
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